★当サイト運営者(ハシケン)のことを少しでも知ってもらえたらと思い、昔語り風にまとめてみました。

元々絵に関連する仕事への夢をを追いかけ始めたのは大学1年、19才の時でした・・・
無謀!?いきなり漫画家目指して大学中退!
自分はそれまでぼちぼち優等生な学生をやってました。
高校もある程度名の知れたところに進学し、親を心配させない程度の親孝行な息子だった・・・と思います。
しかし親の期待を背負い全力をつくした大学受験で、自分は完全に燃え尽きてしまいました。

19にしていっちょまえに悩みはじめます。
入ることが目的だった大学、それは努力して達成できた・・・
じゃあ、入った大学で何を学びたいのか?
大学を卒業してなんの仕事をするのか?
その先になにか夢はあるのか?
・・・延々考えるも、何にも思いつかない。
考え、ひねり出し、たどり着いた夢はなんと大学とは一切関係のない「漫画家」でした。

当時の生活に何も見いだせなかった自分には、漫画家という突拍子もない未来がキラキラと夢にあふれたものに見えたんだと思います。
とはいえそれまでしっかり漫画の勉強したことなんてないし、絵を描くのだってほぼ小学生以来。無謀でしかないし、今いる大学さえ意味をもたない。

こうして突拍子もない夢に心躍らせた青年ハシケンは、19才でゼロからのスタートで「漫画家」を目指すことになっていったのです・・・。

漫画家を目指しはじめて2年目、初めて自分の作品を週刊少年ジャンプの『天下一漫画賞(当時毎月行われていた漫画賞)』に応募します。
そしたら、なんと・・・!
初応募にもかかわらずジャンプに名前が掲載される快挙達成!!


この快挙に妙な手ごたえと自信を持ってしまった自分は、21才で大学を中退し漫画家志望に専念することを決意!
「・・・ばかな、漫画家なんてなれるはずない!」
その話を聞いた両親は烈火のごとく猛反対、しかし若かりし頃の自分はそんな反対に屈するつもりは全くありませんでした。

その後一人暮らしをはじめて、ジャンプの編集者に原稿を見てもらいながら漫画賞に応募する数年間を過ごしていきます。

1998年の週刊少年ジャンプ6号より
たまに上の画像のような1点¥5,000(源泉徴収されて¥4,500)のカットをやったり、呼ばれたら有名漫画家さんのアシスタントなんかもし、漫画以外に地元の工場や深夜の棚卸しなどのバイトもする・・・
お金はないながらも夢を追いかけ続けた、そんな20代でした。
・・・でも、現実はやっぱり残酷なものです。
退路を断って人生をかけて挑んだ漫画家でしたが、結局最初の漫画賞名前掲載以上の結果を出せることはその後なく・・・20代後半に差し掛かった頃には漫画への熱意が失意へと変わりつつありました。
もう無理なんじゃないか・・・と自覚はしつつも、親の反対を押し切って始めたことなので今さらやめるわけにもいきません。
・・・夢を追った最後の数年は、ひたすらに惰性でした。

おそらく人生で一番最後に描いた漫画原稿の下描き
・・・結局、漫画家の夢をきちんとあきらめる勇気が持てたのは30歳目前。
ここでようやく、人生初めての就職活動に入ります。

ただただ絶望の気持ちでネット求人広告をパラパラ見ていた時ふと、ふと気になるものを見つけました。
意外なステージでかなった自分の夢

・・・たぶんそんなコピーだったはずです、それはパチスロの液晶アニメーション制作のスタッフを募集する求人広告でした。

そう思ってダメもとで応募したところなんと運よく採用、試用期間(30歳目前で月20万・・・)からのスタートで人生初の会社員生活が始まります。
アニメ制作と漫画は、似ているようで実は絵という共通項しかなかったために最初は相当苦労しました。
アクの強い上司、自分より若くて上手い先輩・後輩・・・覚えるまでの数か月はしんどいことばかりでした。
でも絵を描いてお金がもらえるというだけでも自分にとっては嬉しく、つらい仕事でも頑張れました。

入社から1年後、絵を描いている社員は新たに開発するパチスロ機のキャラクターデザインのコンペに出すようにとのお達しがありました。

漫画家を目指していた頃ひそかに妄想した状況が頭をよぎりながら、キャラを何体かデザインしてコンペに提出すると・・・
・・・なんと! そのうちの一つのデザインが採用されます。
それをきっかけにあれよあれよと担当キャラが増えていき、気づけば登場メインキャラの半分をデザインすることになっていました。

そのパチスロは正式に『2027(ニーマルニーナナ)』というタイトルで、2007年に販売されます。

㈱トレード企画
2027は完全オリジナルのキャラクター・ストーリー・アニメーションと他にはない爆発力のあるゲーム仕様が人気を呼び、当時低迷気味だったパチスロ業界では異例の大ヒットとなりました。
街を歩いていてパチンコ屋の前を通ると自分のデザインしたキャラののぼりがズラッッッと並んでいて、中に入ってみると大勢の人が自分のキャラデザした遊技機で楽しそうに遊んでいる!
ネットではキャラクターを使った四コマを描いて投稿する人や、コミケで同人誌を描いてくれる人まで現れる!!
「楽しい!」「感動した!」との評判で大盛り上がりで、社内ではコミック化やアニメ化の話まで出てヒット祝いで社員旅行は急遽グアムにいくほど・・・!!!
漫画家を目指していたころ思い描いていた妄想が実現した状況に、ただただ信じられない想いでした

リストラ~2度の転職を経てアートディレクターへ
2027旋風が吹きやまぬ中、この勢いを落とすまいと続編『2027Ⅱ(ニーマルニーナナセカンド)』の開発が社内でスタートします。

㈱トレード企画
自分は引き続きデザインすることとなり、今度はなんと9割近くのキャラクターを作成。
会社の総力を結集し制作に1年以上かけた2017Ⅱでした・・・が、
2匹目のドジョウが満を持して発売されると、前作と大幅に違うゲーム仕様に非難が殺到!!
前作の好調ぶりが嘘のように売れず、なんと発売からわずか2週間後の朝礼において開発室閉鎖が通知されます。
・・・早い話が全員リストラです。皆、あまりの怒涛の展開にもはや失笑するしかありませんでした。

・・・余談ですが、個人的な目標としては『2027Ⅱ』ではパチスロユーザーを感動で泣かせることを目指しアニメ原画を描いていました。
会社としては派手にコケた『2027Ⅱ』でしたが、遊んだ人の「感動してパチ屋で泣いた・・・;;;」という書き込みをその後某掲示板などで目にすることができて、自分としては密かな野望を達成できたと満足して終わったものです。
ストーリーを見るために日々遊んでくれていたユーザーの皆様には感謝の気持ちしかないですし、個人的には大きな達成感を感じて自分の仕事に自信が持てたもっとも思い出深い作品となりました。
ちなみに、セカンド以降の2027シリーズ制作に自分は関わっていません。
転職活動では2027の実績も評価され、遊技機開発の会社で絵コンテや動画コンテ・キャラクターデザインなどをして働いてその後結婚もしました。
ただ作業内容がそれまでとかわりばえせず自分自身の成長もいまいち見いだせなかったので、2年後今度は自主的に転職を決意することとなります。

次はスマホゲームを作る会社に就職、アートディレクターとして働くことになります。
アートディレクターとは、ゲームなどにおけるグラフィックやキャラクターイラストの制作指示・監修を行う業務です。
この時プレイヤーとして作る側から、監修するディレクター側へと転身しました。
ファミコン世代で昔からゲームは好きだったので一度関わりたい気持ちがあり、給料も上がるし、キャリアアップにもつながるしで、新たな場所での仕事が結構楽しみでした。
ちなみにこの頃はちょうどソシャゲのブーム真っ只中。入社当初は猛烈に忙しかったですが、要領は割と良い方だったので次第にコツを掴み楽しく過ごせるようになります。
日々アートディレクターとしての実績を積み、自分の手掛ける作品に更なる自信と誇りを持てるようになっていきました。
2014年には待望の娘も生まれ、さらなる挑戦を夢見て独立を意識するようになっていきます。
- スマホゲームのブームがどこまで続くかわからない
- 絵だけでこの先40・50歳となったときに生きていくイメージがわかない
- リストラ経験から、会社に人生を丸ごと預ける危険性を肌で実感している
- 昇給が年数千円レベルで、先もたかがしれてた
- 震災時に家に帰れなかった影響で、家族の近くで働くようにしてみたい
・・・独立を意識しだした背景には多くの理由がありましたが、何より大きかったのは自分の絵の経験をもっと具体的に誰かの役に立てられないだろうかという想いでした。

もっと自分の絵やキャラで多くの人に喜んでもらいたい!
その反応を直接肌で感じたい!
何より、もっと自分自身の実力を試したい!
・・・そう思って独立に向けた勉強を日々の仕事と並行して進めていたところ、ちょうど会社で経営立て直しのために希望退職者を募る通達が出ます。

そんなお告げにも似たものを感じた自分は希望退職に手をあげ、個人事業主の第一歩を踏み出すことになりました。

・・・もちろん不安は大きかったですし、夫としても親としても重い責任を感じていました。
でも、期待やワクワクはそれ以上!
やみくもに漫画家を目指した学生時代とは違い、社員として十分な実績と経験を積んだ自負もあったので多少の勝算を持った独立でした。

独立してぶちあたる現実、サイト立ち上げとブログを軸にした事業への転換
2015年5月1日、晴れた暑い日でした。
まだ歩けない子供をベビーカーに乗せて、家族3人総出で地元の税務署に開業届を出しにいった日のことは今でも昨日のことのように思い出せます。

1歳目前の愛しきわが子よ・・・

事業計画書を作り日本政策金融公庫に融資を募って満額回答を得て始めた事業は、結婚式向けアニメプロフィールムービー【コンテアニメ®】(商標も自力で取りました)の販売でした。

のちにブライダル系の新聞に載せた広告です、反応ゼロでしたw
独立後にサイト【コンテアニメ工房】を作り、サイトでの集客・受注を目指して初めてブログを書きだしました。
高いお金を払ってブライダル関連の実広告も出し、式場にも直接あたって営業めいたこともしました。
しかし集客や販売・マーケティングの経験がない身なので当然やることなすことうまくいかず売り上げ一切なし、半年後には早くも当初の資金が尽きかけて家族を抱えながら破産寸前に追い詰められます。

やばい、とにかく生活を立て直さないと・・・
でも、どうすれば・・・・・・?
・・・あとのない状態で他にやれることもないので当時月間5,000PV(ページビュー)ほどのアクセスしかなかった、プロフィールムービーを売るために運営していた【コンテアニメ工房】の改善に必死で取り組みだします。
- まずは人に来てもらえるサイトにしないといけない・・・
- 自分が誰かに提供できる情報・ノウハウは何がある?
- 長年仕事でやってきた『絵』なんじゃないか??
友人知人のアドバイスも受けつつ考えに考え、【コンテアニメ工房】をプロフィールムービー中心のサイトから絵を全面的に押し出したサイトへと全面フルリニューアルしました。
ブログネタも「初心者が絵を描くノウハウ」を軸にすえてSEOも強く意識し、さらに絵を強く印象づけるためにブログのアイキャッチを毎回イラストで新規に描き下ろしてイメージを構築していくことに。
・・・そして、結果的にこれが功を奏します。
描きおろしイラストを導入してからは急激にアクセスが集まり始めて、1万⇒5万⇒10万⇒20万・・・と右肩上がりに伸びていき2019年1月には月間最高36万PVを記録しました。
アクセスがあがるとありがたいことに、ブログを軸にした商品への集客も昔と比較にならないほど自由に行えるようになっていきます。
自分と同じような個人事業主さん・ブロガー・経営者のブランディングツールとして受注制作する全身アニメ似顔絵商品【キャラデザ】や、
[aside type=”normal”]※多忙のため、制作100体を超えた2019年3月でいったん受付を終了しました[/aside]
デジタル絵を描く基本がたった4時間で理解できる限定1日講座【デジ絵ワークショップ】など
自分の過去の絵の仕事での経験を活かした様々な商品・サービスが、だいぶ自由に展開できるようになっていきました。

過去の経験がすべていかされ、今につながっています
漫画家を目指していた頃は、絵の基本・キャラクター・ストーリーの作り方・見せ方を独学で学んでいました。
絵の仕事の会社に就職してからはデジタル、アニメ制作、絵コンテ、人と一緒に作品を作り上げること、演出、監修・・・多くのものを実践経験の中で学びました。
当時は仕事でがむしゃらにやってただけですが、独立した現在やっている事業にはこれまでやってきたことがすべてどこかに生きていることを感じています。
過去の小さな歩みが現在の自分の血肉になっていることは、素直に幸せなことだと思います。

会社員として絵を描いていた時は企業の利益のため、お客さんの喜びのため・・・といいつつも何より自分自身のために描くことがほとんどだったと思います。
評価を上げたい、
名を挙げたい、
お金を稼ぎたい・・・
それらが当時の大きな原動力になっていたのは紛れもない事実です、でもそれは会社員時代に十分満足して終わることが出来ました。
独立した今では、商品やサービスをお客さんひとりずつのために直接自分自身の手で提供しています。
会社員時代よりお客さんを強く意識しないと絶対に満足なんてしてもらえない、そう考えて毎日家族の近くで仕事をしています。

近所のコワーキングスペース
- デジタルで絵が描けるようになりたい
- 絵の力をビジネスやブログに活かしたい
- 情報発信でもっと注目されたい
- 会社を独立して生きていきたい
・・・そんな悩みを持った人たちに、これまで自分が仕事で得た知見をつぎ込んで向き合える今の状況は本当にやりがいのあるものです。
2019年5月には新たに当サイト【個人事業主コンパス】も立ち上げ・・・当時の自分のように独立開業したい、個人事業主としてやっていくためにどうしたらいいか悩んでいる人の力になれるようなサイト運営を目指しています。
[voice icon=”https://conte-anime.jp/system/wp-content/uploads/2017/12/01normal.png” name=”ハシケン” type=”r big”]20代は激しく遠回りしましたが、30代を経て結果たどりつけた今には割と満足しています[/voice]
当サイトではこれからも下請けに安易に頼らずいかに個人で生き抜いていくか、そのためのノウハウやヒントを個人事業主の実体験というエビデンスに基づきながら発信していけたらと思っています。

20回以上開催しているワークショップで講師を務める様子です
好きなもの、キライなもの
好きな食べ物:寿司・肉料理・チーズ・ビール・レモンサワー
苦手な食べ物:しそ・セロリ・パクチー(←試したうえでNEW!)
趣味:筋トレ、プライムビデオやネットフリックスでの映画鑑賞、4~6人程度のまったり飲み会
長所:案外素直、結構単純、喋ると怖くない、意外と気遣い屋、声だけは割と褒められる
短所:頑固、意外と適当、面倒くさがり、ごくごく一部の人に見た目で怖い人扱いされる(風評被害)
性格:冷静でクールに見られるけど思いつきで行動することもかなり多い
子育てで心がけてること:小さいうちはなるべく多くの時間を一緒に過ごす(ために個人事業主として独立しました)
夫として気をつけてること:奥様が挑戦したいと思ったことは全力で応援したい(最近はストックイラストに挑戦しているようです)
好きな人(男女問わず):相槌がちゃんとうてる、しっかりお礼が言える、最低限の気をつかえる
嫌いな人(男女問わず):イライラを周りに当たり散らす、横柄で相手に敬意を払えない、向上心がない
過去のメディア掲載歴・インタビュー映像・記事等
フジテレビ「ノンストップ」
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ブライダル産業新聞
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プロフェッショナル起業家対談インタビュー
SoloProインタビュー
著書
2018年3月、初の書籍となる『ブログ×絵×ブランディング』をソシムより発売
2020年2月、イラスト挿絵190点を制作した『ツッコミ! ことわざ・慣用句-なんでやねん!』を学研より発売
過去の主な代表作
『2027Ⅰ・Ⅱ』(株式会社トレード企画):キャラクターデザイン、アニメーション制作等
『海賊道』『任侠道』『騎士道』(株式会社gumi):アートディレクター・イラスト制作等
『戦国修羅SOUL』(株式会社クリーク・アンド・リバー社):アートディレクター
・・・他、版権作品含め多数
現在
create archives(クリエイトアーカイブス)代表 / アートディレクター / 個人事業主
【個人事業主コンパス】【コンテアニメ工房】運営、【デジ絵ワークショップ】講師、日本イラストレーション協会所属
活動拠点:コワーキングスペース柏の葉KOIL

2018年、娘と(撮影:奥様)
